おーい、リヴァイ。庭で洗濯物を干していると、ハンジに呼び止められる。
なんだ。とぶっきらぼうに答えたリヴァイは、笑顔で面倒事を運んでくる常連客の登場に、無意識に身構えた。

「さっきアルミン達が話してたんだけど、やっぱりこの基地って…でるらしいよ!」
子供みたいに目を輝かせながら、 続きを聞いて欲しそうにしてハンジが話し始める。
やはり今日もくだらない事だったかと思うと、ふぅと溜め息をつき再び手を動かした。
気を取り直したリヴァイが、ぱん、と小気味良い音を鳴らして、濡れたシャツを慣れた手つきで伸ばしながら干していく。

「…で?何がでるんだ」
「よくぞ聞いてくれました!」
俺は今洗濯に忙しいんだが。リヴァイは鬱陶しいという顔をしながらも、仕方なしに続きを聞いた。ハンジという奴は、最後まで話し切らないと余計に帰らなさそうだったからだ。
「そりゃあ勿論、ユーレーに決まってるじゃないか、幽霊!」
「…はぁ?」
心底嫌そうな表情をハンジに向けてから、物干し棹に向き直り、リヴァイは干す作業を続けた。どんな反応だろうとお構いなしにハンジはぺらぺらと喋りだす。

「女性の悲鳴のようだったり、男の苦しそうな声だったり、何人かがそんな声を聞いているらしいんだよ!」
「そうか」
別に今更、外の世界より恐ろしい物なんて無いだろう。リヴァイはやたらと楽しそうなハンジに半ば呆れながら、最後の一枚を洗濯カゴから取り出した。
「それが、地下から聞こえる事が多いんだってさぁ?」
「………、」
ばさり、と布地の擦れた音がした。リヴァイが最後の一枚を落としたからだ。
「あれ、落ちたよ?リヴァイ」
ハンジが眼鏡を指で持ち上げて、リヴァイの足元を覗き込んだ。
言われなくともわかっている。そんな事より、平然とそう話すハンジは、一体どういうつもりなのだろうか。

この基地の地下にあるのは、リヴァイの恋人であるエレンの部屋と牢のみだった。そこから聞こえる悲鳴らしき声と苦しそうな声。
本物の幽霊が存在していなければ、あれしか考えられない。リヴァイは毎日のように地下へ向かっては、そこで飼い犬を可愛がっているからだ。
まさかそれが話題になるとは、油断していた。

「ユーレーちゃんも大胆だよねぇ」
ハンジがニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら、リヴァイの横に立つ。
「貴様、何が言いたい」
眉間に深く皺を刻み込んだリヴァイが、落とした服を拾い上げて、ハンジをぎろりと睨み付けた。
「おっと、怒らないでよ!リヴァイ」
あはは、と薄ら笑いでごまかそうとする。どうやらコイツに隠し事は無用なようだ。
「知ってたのか」
「わたしの観察眼を舐めてもらっちゃ困るね」
ふふん、とハンジが鼻を鳴らす。それを見たリヴァイがまた溜め息をつくと、横でハンジが、あれ?と不思議そうな顔をしていた。
「内緒だった?ならもっと上手くやらないと」
「…別に隠してた訳じゃねぇが、特に公言することでも無いだろうが」
「あは、そだよねぇ、でも私は応援してるよぉ」
仮にも上司が部下に手を出していると言うのに、理解力があるじゃないか。ここでリヴァイは初めて、ハンジの変人振りに些かの感謝を覚えた。

それから無言で眉間に皺を寄せると、まずは幽霊だと騒いでるらしい部下達をどうしようかと考えた。きっと言葉を失うであろうエレンを思い浮かべると面白い反面、居たたまれない。
まぁそれも、隣りでにこにこと笑うハンジを見ていたら悩む事すら馬鹿らしくなってきた訳だが。
「…おい、ハンジ」
とりあえず部下達の事はこのお調子者に任せようと口を開く。だがここでタイミング良くやってくるのが、まさに災難というものなのだ。


「兵長、俺も手伝いましょうか」
後ろから掛かる軽やかな声に、リヴァイは更に頭を抱えたくなった。
「おおっ、エレンくん!丁度良い所に」
悪い予感と共に、目を輝かせたハンジがエレンに駆け寄る。何が丁度良いのかわからないエレンが、不思議そうな顔をしていた。
幽霊騒ぎについて、ハンジが余計な事を詮索し始める前に、さっさとどこかへ移動しなければ。

「もう洗濯は終わりだ、エレン」
手伝うような事はない。と告げてリヴァイは最後の一枚をハンガーに掛ける。さっき落としたシャツは、うまく洗濯カゴに引っかかってくれたので洗い直す羽目にならなくてすんだ。
「もう少し早く兵長を見つけていれば良かったですね」
手伝えなくてすみません、とエレンが笑って言った。それには、いや、いい。と答える。
自分たちにとっては何のことない普通の会話だったのだが、間でそのやりとりをずっと見ていたハンジが何故か目を輝かせながら鼻息を荒くしていた。

「リヴァイ!幽霊ちゃんのこと、あんまりいじめないでね!」
「…おい、その話はやめろ。削がれたいのか?」
やはりその話題を出すのか。もはやコイツの性分なのだろう、やはり面倒だ。

幽霊ちゃん?とエレンが繰り返した。突然ハンジを睨み付けるリヴァイに驚いたのか、何かあったんですか?と可愛く首も傾げる。
変人の事は気にするな、とリヴァイがたしなめると、酷いなぁ、とハンジが頬を膨らませた。
ハンジの奴は後で良く言い聞かせて置かねばならない。

「なんでもないよ。エレンも気を付けてね?」
笑顔のハンジに頬を両手でぶに、と潰されてからエレンはそう耳打ちされたらしい。何にですか?!と頬を染めて慌てている。

恋人が自分以外にからかわれてるのは余り良い気分では無い。ハンジに悪気が無いのもわかっているが、このままではこちらにも火の粉が飛んできそうだ。何とかしなければ。
少し考えて、自分の部屋でも掃除してろと伝えることにした。ハンジも空気ぐらい読むだろう。はいと返事が聞こえたので、俺も後で行くと言いかけた。言いかけてから、視線に気付く。
何も気にせず口にしたが、振り返ると案の定ハンジが満面の笑みでこちらを見つめていた。

「エレン、頑張ってね!」
「クソメガネ…お前は1階を全部掃除しておけ」
ああ、頭が痛い。



その日の晩。リヴァイは少し自重する事も考えてみたが、風呂上がりのエレンが無防備に肌を赤らめたまま部屋をうろうろするので気にするのをやめた。
アイツ等に左右されるのも癪なのでいつも通り襲っておく。据え膳喰わぬはなんとやらだ。

「──ぅ、あぁっ!ん、兵長…ッ」
「…おい、騒ぐな幽霊」
リヴァイが動く度に、エレンが下で甘い声を出す。
「何ですか…っ、う、それ…」
染まった頬と、潤んだ目許が愛らしい。恋人同士の睦言を、いくら幽霊の仕業と思われようが構わないが、自分以外にも、エレンのこの蕩けた声を聞いた奴がいるのかと思うと不愉快である。

この基地もだいぶ老朽化が進んでいるので、ある程度の音漏れは仕方ない。
仕方がないのだが。

「面白く、ねぇな…っ」
聞いたエレンが、え!?と驚いた。いまの台詞に勘違いをしたのか、大きな瞳を瞬かせて今にも泣きそうな顔をしている。
すがりつく指先に力が入ったようで、腕をぎゅっと掴まれた。
そうとしかとれない言い方をした自覚はあるが、今更言葉のバリエーションを増やせる程、リヴァイは会話が得意ではない。

「へいちょ…っ、ン、ふッ」
何も言わずにキスだけをした。ちゅる、と甘さを含んだ水音が鳴る。
「誤解するな」
そう言うとリヴァイは再び動きながら、脱ぎ捨てた服の中にさっきまで首に巻いていたシルク地のスカーフを探した。上品な白が特徴だ。
身体の下では前も後ろも、ぐずぐずに蕩けさせたエレンが、あ、あ、と嬌声を上げている。

部屋を薄暗くしていたのでスカーフを探すのに少し手間取った。繋がったまま意識を逸らしていると、何してるんですか、と心配そうなエレンが首に腕を回してぎゅっとしがみついてくる。
「たまには違う事をしようと思ってな」
しがみついてくるのにもう一度口づけた。
別にエレンとのセックスに飽きたということも無ければ、今だってこんなに可愛いので、不満は無い。
ただ、ほんの少しの独占欲がそうさせた。

リヴァイはおもむろに探し当てたスカーフをエレンの口に噛ませると、頭の後ろできつく縛り上げる。
「んん…!?うぅ!」
恋人の、予告の無い行動にじわりと涙を浮かべ、狼狽しながらエレンが大きく瞳を見開いた。

「これから良いようにして欲しけりゃ、声を出すんじゃねぇ」
そう言ってエレンの先端に爪を立てると、引っ掻くようにして先走りを掬い取った。
「――っう!ぅん、ん…!」
痛いのか、気持ちいいのか、エレンの場合、その両方だと言ったところだろう。嫌がらないのがその証拠だ。じっと眺めているだけで、また前を硬くする。
だがその瞳は不安に揺れていた。何をされるのかわからない恐怖と、少しの期待を滲ませて。

そんなエレンの瞳を見ると、リヴァイは無性に肌が粟立った。恋人を陵辱する事で、興奮しないと言うならば嘘になる。
リヴァイの口角が少し上がり、態勢を少し変えると、胸や腹の届く所に次々と愛撫を施していった。
「ひゃ、ン…ッ、ふぁ…っ」
可愛らしく主張をする突起に舌を這わせ、もうひとつは指先で触れるか触れないかの所を撫でていく。そうする度に、エレンが噛まされた布の隙間から懸命に吐息を逃がして、身体を震わせた。その姿に一層支配欲が煽られる。
リヴァイは繋がったまま、間に見えるエレンの中心を捕まえると、先端から溢れる蜜と共に遠慮なく、その手をぬるぬると滑らしながら上下に擦り上げた。
「―――っっぅ!ふ、っ!」
飲み込めなかったエレンの唾液が徐々にスカーフを湿らせていく。
リヴァイが手のひらを緩く上下させていると、瞳いっぱいに涙を浮かべたエレンが、必死で言い付けを守って声を出すのを耐えているようだった。
身体だけが辛そうにじんわりと汗をかき、小刻みに太股を震わせては時折大きく反応する。
反り返ったそれも、握っているだけで、びくびくと揺れた。

「おい…、お前はこれ以上まだ、気持ち良くなりてぇのか」
ん、ん、と小さく首を縦に振りながら、エレンは蕩けた瞳でリヴァイを見つめてくる。
どうやら、良いようにして欲しけりゃ静かにしろと言ったのを頑なに守っているらしい。
俺の恋人は快感に従順だが、それがいい。
エレンの額は汗で濡れ、行き場のない両手はシーツをきつく握り締めている。与えられる刺激に、ただ健気に耐えていた。
ああ、もう見てられない。そんないじらしい姿を前にすれば、エレンの中の自分が、更に質量を増して熱くなる。
「…んんんっ、ふぁ…ッ!」
それを感じ取ったのか、エレンがぎちぎちと中で絡まるように締め付けてきた。自分で締めたくせに、そうして甘ったるい息を吐く。
「――…っ、」
だいぶ長いこと挿入したままなので、流石のリヴァイも今のは少し危なかった。
エレンがふうふうと肩を上下させて呼吸をする。口以外は拘束していないので抵抗しようと思えば出来るのだが、エレンの身体は俺の躾が良く行き届いているようだ。
抗うどころか、自分から尻を浮かせてねだるように揺らし始める。
こうなってしまったらもうだめなのだ。エレンが理性や羞恥よりも、その快楽に身を委ね始めるからだ。

「うぁ、は、っ、んん…っ!」
「チッ、少しは我慢できねぇのか…!」
その甘い振動にリヴァイの方が堪らない気持ちになって、下半身が痺れるように疼く。
自分の余裕が、少しずつ無くなっていくのがわかる。

「ドM野郎が…ッ、あんまり俺を、興奮させるんじゃねぇ…っ!」
「――…ッッ!?」
さっきまでゆるゆると愛撫していたのが、途端に激しくなる。胸にその膝がついてしまいそうな程にエレンの身体を折り曲げて、ぐぷりと音を立てながらより深くまで繋がった。
「んあ…っ、ふ、…っ、」
声を出せないエレンが、睫毛をいっぱいに濡らして顔を赤く染める。
それからゆっくりと腕を伸ばして、両手でリヴァイの頭を引き寄せるようにした。
エレンの潤んだ瞳と視線がぶつかる。

「あ?どうした、エレン」
「……っ」
いつもこうだ。なんにも出来ないガキの癖に、懸命に手を伸ばして俺を求める。普段は大人に憧れて強がるくせに、年相応に素直なその瞬間が愛おしい。
俺だけのものにしたい。
段々と溶かされていくように感じるのは、俺も唯一の存在とやらを、同じようにエレンに求めているからだろうか。


ああ、キスがしたい。

「お前の声が欲しい」
エレンが少し目を見開いて、ん、と小さく震えた声を出す。リヴァイは素早く口元の拘束を解くと、その柔らかな唇へ貪るように噛みついた。
「へいちょ…っ、ふ、あっ…」
エレンの唾液でぬるついている口内を、隅々まで犯す。熱くなった舌が絡まって、呼吸も忘れそうな程に深く口づけ合った。
ん、と苦しそうな声と共に、スカーフが吸い取り切れなかったであろう唾液が溢れて、エレンの顎を伝い落ちていく。

「ベタベタだな」
「んん、や、ちゅう、きもち…」
しばらく合わせられなかった唇がお互いを柔らかく刺激して、気持ち良さを運んでくる。
「へ、ちょ…、もっとして下さい…」
キスを強請る顔も、愛おしい。
同時にエレンの甘えた声が、リヴァイの鼓膜を震わせていく。

「必要だったな」
「なにが、ですか?」
「お前の、声」
唇を合わせながら、ぎりぎりまで引き抜いた衝動を一気にエレンの奥まで突き立てた。
「…っあんん!」
キスに夢中になっていたエレンが驚いて声を上げる。
びくびくと身体を反らしながら同時に可愛いらしい声を出してしまったので、エレン自身が一番焦って身体を強ばらせたようだ。
そんな自分が余程恥ずかしかったのか、思わず片手で口元を押さえて、あの、その、と目を泳がせながら、全身を茹で蛸みたいに赤く染めている。
いつまで経っても初心な反応をするのが好きだ。
リヴァイは何も言わずに、ふ、と笑ってから口元の手に指を絡めるようにしてそれを外した。
その手をベッドに縫いつけながら、恥ずかしがる恋人にまた深く口づけると、それを合図にして奥の良い所まで届くよう更に腰を進める。

「や、あ、あっ…ッ、んん、奥…ヤバい、だめ、です…ッ!」
「エレン、お前、これが好きなんだろう?」
持ち上げた脚の膝裏を捕まえて、片側に倒してやる。
揃えられた両脚が、付け根から繋がった部分を更に締め付けた。
「兵長ッ、へいちょぉ…!そこ、気持ちい、っ!ぅあ…!」
奥の上の方に押し付けるようにして中をしつこく擦り上げると、内壁が吸い付くようにしてリヴァイを捕まえる。
「エレン…ッ、」
目の前の痴態に、リヴァイの視覚と聴覚が同時に犯されていくようだった。
もう腹につきそうな程勃ち上がり、剥き出しに濡れたエレンのそれを、親指でぐりぐりと弄る。
ぼたぼたと先走りが滴って腹とシーツを汚し、限界を訴えるように震えた。
「も…ッ、だめ、出る、へいちょ…っ、ああっ、すき…!」
そう言ってリヴァイの手の中で、エレンが勢い良く飛沫を弾け飛ばした。

予想以上の効果に、全身が熱くなる。その声で「好き」なんて言われたら、持たない。
全身を痺れるように甘く快感が走り抜けて、ぐらりと一瞬目眩がした。その後リヴァイもすぐに、エレンの中へ追うようにして精を注ぐ。


持ち上げた両脚を下ろして、その胸へ倒れ込んだ。エレンが出したもので2人の腹がベタベタになったけれど、心地よい倦怠感のおかげか気にならなかった。
「へ、兵長…、すごかった、…です」
「……そうだな、疲れた」
少し惜しいがズルリと引き抜く。白い液体が先端と窄まりの間で糸を引いて、とろとろとシーツへ零れ落ちた。
異物感の去ったエレンが、んん、と鼻に掛かった声を出して、色っぽい顔をする。それを眺める瞬間が堪らなくて、良い。

「…今日はこのまま寝てやるから、明日はお前が全部洗濯しろ」
自分とエレンの腹を丁寧に拭き取りながら、なんのムードも無く仕事を押し付ける。
「わ、すみません、ありがとうございます…」
身を清められてるのが恥ずかしいのか、エレンが頬を染めた。それから困ったように笑って、洗濯は任せて下さいと答える。
「干すなら呼べ」
「わかりました」
あはは、とエレンが可笑しそうに笑うので、何が可笑しいのかとリヴァイが聞いた。
「だって兵長、洗い方が悪いって結局いつも最後までやっちゃうんですもん」
「それは笑い事じゃねぇな。早く覚えろ」
清め終わればどっと、疲労感が押し寄せて、そのままエレンの隣りへと枕に顔を押し付けるように倒れ込んだ。
「俺、兵長のそういう優しい所が好きです」
エレンがこちらに身体を向けて、可愛らしく微笑む。
「………」

どうやら俺の方がこんな甘えたクソガキを手放したくないらしい。
今回の幽霊騒動でこれがバレて、基地内で駄目上司と噂になろうが腹を括るしかなさそうだ。リヴァイが顔を押し付けたままの、枕と会話する。
やれやれと小さく溜め息をついた所で、エレンが横から、ところで兵長、と呼んだ。
「なんだ」
「なんであんな事したんですか?」
あんな事とはどんな事だ。
一瞬思考を巡らせてから、ああ、と言った。思い付くのは一つしかない。
「…知りたいか?」
「知りたいです!」
どんな顔をするのか想像をすれば、自然とリヴァイの口角が上がる。
「お前の声がデケェから、聞かれたくなかっただけだ」

え?と狼狽える瞳が目に入って、次に、誰にですかと予想通りの震える声が聞こえてきた。
「アルレルト達が最近地下から声がすると騒いでるらしいな」
そう告げたところで、エレンが反応も忘れて固まった。
「ちなみにハンジには既にバレている訳だが、幽霊騒ぎの真相も、お前がアホみたいに喘ぐお陰で明日にはどうなるかわからねぇ」
そう言い終わっても全く動かないのが面白くて、エレンの鼻先をつまんだ。
だらだらと冷や汗をかきながらエレンの顔が青ざめていくのがわかる。とても愉快だ。

「そういえば今朝、アルミンに最近変わったことは無いのかと聞かれました…」
そうか、と答える。あれがそうだったのか、とエレンはぶつぶつ独り言を言いだした。
鼻をつまんだ事には反応が無い。心の中が呼吸どころではないらしい。

「その、し、しちゃう前に、なんで教えてくれなかったんですか…っ」
エレンが突然、今にも泣きそうな顔をしてリヴァイを見上げた。
「…言い辛くてな」
最近のエレンは俺が心にも無いことを言うとすぐわかるようになったらしい。
嘘です!と横で顔を赤くして喚いていた。

「ユーレーってそう言うことだったんですね…」
さっきまでむくれていたエレンが、がっくりとうなだれながらもぞもぞと近寄って来て、横たわるリヴァイの腕の中に収まった。

「兵長は、」
「あ?なんだ」

「…兵長は俺の声聞いておっきくなるじゃないですか」
「――おい…ッ、そーゆーことは言うんじゃねぇ!」
「あれ外してからの方が、兵長がっついてましたよ」
図星を付かれたリヴァイが顔を真っ赤に染めて、ち、と舌打ちをする。
それを見たエレンが満足そうに笑い、いじわるの仕返しです、と言った。

確かにエレンが懸命に我慢したり、怯えた瞳をするたびにゾクゾクと興奮するのも事実だが、それよりも砂糖をドロドロに溶かしたように甘ったるくて、感じきった声を自分だけに向けてくれてると考える時の方がずっと昂ぶった。
それを先程、身を持って、自分が嫌になるほどに自覚させられたばかりだ。

「知られたって俺は構わないです、兵長の特別になれるなら」
胸に顔をうずめるエレンが、耳を赤くしてそう言う。充分特別だなどと思っていても言えはしないので、そうか、とだけ答えておいた。

「まぁ…面白れぇ反応を期待するなら、アッカーマンだな」
その名を聞いてエレンの肩がビクッと揺れる。
全く、幼馴染に愛されすぎてるのも困ったものだ。

「心配するな、削がれる前に俺が削いでやる」
「もっと穏便に解決してください!」
「めんどくせぇな」
エレンが本気で心配しているのがわかって面白かったが、からかうのはもう止めておこうと頭を撫でた。わ、とエレンが小さく声を上げる。

「いずれ問い詰められたら答えてやる」
「なんてですか?」

「貴様に嫁は渡さん」
え、と驚いたエレンが、全身を赤く染めてこちらを見た。
「よ、よ、嫁て」
「違ったか」
「ち、違わないですけど」

なら良いだろう、そう言うと、
「…はい」

エレンは今日一番、甘く嬉しそうな声で返事をしたのだ。


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