ぱちり、と目が覚めた。
カーテンから漏れる光は薄暗くて、時刻がまだ夜明け前だと言うことを教えてくれている。
ぼんやりとした視界に眠気が尾を引く中、リヴァイはゆっくり天井を見上げると、もうひと眠りするために目蓋を再び下ろした。

今日は土曜日なので、長い一週間がようやっと終わった褒美にどれだけ寝ようと許される。変な時間に目が覚めても気にしなくて済むので気が楽だった。
昨夜はミスをした部下の尻拭いでなかなか帰して貰えず、とうとう日付が変わってからの帰宅になった。
こうやって帰りが遅くなるのは、一度気になると何かと世話を焼いてしまう自分の性格上、別段珍しい事でもない。
恋人への連絡も疎かなまま、リヴァイはぐったりとしてタクシーに乗り込んだ。

玄関に入ると、リビングだけ電気がついていて、「おかえりなさい」のメモと夜飯が置いてあるのが目に入る。
自分が帰ってくるのを待っていたのだろうか。部屋がまだ少し暖かい。いくら一緒に住んでいても、こういう日は健気に尽くしてくれている恋人を想って申し訳なく思った。
テーブルに用意されていた遅い夕食を食べ、寝る支度をして寝室を覗く。ベッドの端のほうではエレンががすうすうと寝息を立てていたので、気持ち良さそうなのを邪魔しないようにして隣りに潜り込んだ。

目が覚めたのはその数時間後だ。
疲れていてそのまますぐに眠りに落ちたにも関わらず、ふと目が覚めたのはきっとはみ出した肩が寒かったせいだろう。
ぶるりと寒気がして、朧気だった意識も少しずつ覚醒を始めていく。
リヴァイはもぞもぞと毛布を手繰り寄せて深めに被り、ひんやりと冷たくなったパジャマを手のひらで軽く擦った。

今は師も走る12月。街が赤と緑で埋め尽くされる季節になると、もうすぐあの日がやってくる。
行事やら仕事やらでなんだかんだ忙しくなるのが当たり前のこの時期に、一体どうして自分は神様と同じ日に産まれたのだろうか。
神とやらと誕生日が一緒だろうが別に嬉しくはないし、意外だとか、可愛いだとかの台詞も最早聞き飽きた。
更にイベントが増える事になって面倒くさい上に、年々増え続ける数字には段々と素直に喜べなくなっている。
ただでさえ俺は隣りの恋人と一回り以上年が離れているのに、その差を教えられてるようで余り嬉しくない。
だから誕生日もクリスマスも、世間が浮かれる程、特別好きになれなかった。

セミダブルのベッドの上では恋人のエレンがこちらに背中を向けている。呼吸に合わせて肩がゆっくりと上下しているのが見えて、なんだか少し安心した。
当たり前だけど、今日は寝ている顔しか見ていない。それも可愛いけれど、早く笑っている顔も見たかった。だからと言って起こしたりはしないのだが。
何も語らない背中を見つめながらそう考えていたら、2人の間にあるほんの少しの隙間をもどかしく感じた。リヴァイは身体を捩って静かに近づくと、その背中にぴったりと身を寄せるようにして全身をくっつけてみる。
そうすると、頬とか、脚とか、触れた場所から順番に暖かくなっていって、すぐに自分の好きな匂いが鼻をくすぐっていく。
普段ならこんな甘えるような事はしない。
今が明け方で、まだ意識が眠たくて、コイツは俺が帰ってきた事に全然気づいていなくて、ちょっと悔しかったからそうしただけだ。
どうせ目を覚ます頃には俺の腕もほどけて、狭いベッドの上で微妙な距離に離れているだろう。
エレンから伝わる温度は、自分で毛布をかけ直した時より暖かくて、気持ちいい。
そのまますぐに意識は微睡んでいく。


「リヴァイさん、リヴァイさん」
「なんだ」
「今日は24日ですよ」
「そうだな」
玄関で靴を履いていると、エレンが不満そうにそうだな、じゃないですよ!と声を荒げている。
「ケーキ買ってくるんで、帰ってきたら一緒にクリスマスしましょうね」
今年のクリスマスは、イブも当日もド平日だ。当然俺は今日も明日も仕事なのだが、エレンはニコニコしながらいつも通り弁当入りのカバンを差し出してくる。
「ホールケーキだけは止めておけよ」
「わかってますって」
恋人が楽しみにしているイベントを蔑ろにするほど自分は冷たい人間ではないと思うが、仕事が忙しい今、正直そんな事はすっかり忘れていた。もちろんクリスマスプレゼントなんて気の利いたものは用意していない。
そんなことよりも、この間の部下が数日も経たないうちにまた同じミスをした事で頭の中がいっぱいだった。
「…悪いが俺は何も用意していない。だからお前も別に、俺に気を使わなくていい」
出て行く前に、詫びのつもりでエレンの頭を撫でた。
「それで大丈夫ですよ。リヴァイさんは今日もお仕事頑張ってきて下さい」
別段何かをしてやれる訳ではないのにエレンは嬉しそうにはにかむと、いってらっしゃいとそのままリヴァイの唇に軽くキスをした。
「…いってくる」
そういう甘い空気を出されると未だに照れくさい。出発の言葉を言い残したリヴァイは、振り返らずに家を出る。
けれどそんな自分の態度とは違い、帰るべき家にエレンが待っていると思うだけで毎日が充実しているように感じるのもまた事実で。実のところ、俺は今の生活にとても満足しているらしい。


歩けばどこでだって聞こえるクリスマスソング。浮き足立って歩くカップル達。どこもかしこもイルミネーションでうるさいくらいに装飾されていて、しつこいクリスマスアピールは意識をしなくても視界に入ってくる。
ああ、憂鬱だ。また一つ歳をとるのか。
別にイベント事が嫌いな訳ではないのだが、黙ってても来る明日がなんとなく嫌なのだ。またひとつおっさんへの階段を登るのが、一年に一回のそれが、普通の事だとしても憂鬱になる。
まぁ、そんな風に考えても仕方が無い。エレンのためにも、早く帰らなくては。リヴァイはマフラーに顔の半分くらいをうずめると、会社からの帰り道は足早に歩いた。

今日も少し遅めの帰宅になったが、出迎えたエレンはやはり食事を取らずに待っていたようで、早く早くとリヴァイを急かす。
「なんだ、腹へってるのか?約束したのに遅くなって悪かったな」
「えへへ、俺待ってたんですよ。リヴァイさんもお腹すいてますよね?お酒も用意したんで、早く食べましょうか」
エレンはそう嬉しそうに話しながら、手はしっかりと鞄から空になった弁当箱を取り出している。そんな甲斐甲斐しい恋人を愛しく思いつつ、リヴァイはいつも通りリビングへのドアを開けた。
「わ…っと、リヴァイさん、変な所で止まらないでくださいよ」
目に入った予想外の光景に、思わず口が開く。
「…あ、びっくりした?」
さっきまで後ろで背中に鼻をぶつけていた間抜けな男から、ご機嫌な笑い声が聞こえてくる。目の前の見慣れたテーブルには、豪勢な食事が所狭しと並んでいた。
とりあえずいつもの習慣通りに椅子を引いて、食卓についてみる。
これはどうしたんだ?と聞けば、全部自分で作ったんだと、弁当箱を水に浸けていたエレンがこちらを向いて恥ずかしそうに笑った。
昨晩から仕込みまでしていたらしいのだが、そんな様子にはちっとも気が付かなかった。自分はそんなに恋人の事を気にかけていなかったのかと、仕事で頭をいっぱいにしていた事が今更悔やまれる。
楽しみにしていたクリスマスに、エレンが手を抜く訳が無かったのだ。
「じゃあ、ケーキもありますし、ちゃちゃっとご飯食べちゃいましょう」
エレンが腕を振るった夕食は、どれも文句無しに美味しい。最初は料理なんてほとんどした事がなかった癖に、最近はどんどん腕が上がっている。本当に出来の良い恋人で困るくらいに。

「礼は今度考えておく」
一通り食べ終わってからそう言うと、エレンがぽかんと間抜けな顔をした。
「え?これは俺がいつもリヴァイさんにお世話になってるお礼なんですよ?」
「俺は別にお前の世話なんてしていない」
むしろ弁当を持たせられたり、お風呂を沸かして貰ったりと至れり尽くせりで世話をされているのは自分のほうで、今となっては部屋が毎日キレイに保たれているのもエレンのお陰だ。
こう忙しいと休みの日くらいにしかキッチリと掃除を行えないが、自分の潔癖症に付き合わせているうちに、しっかり教え込んだ通りの家事全般をエレンがこなす程になっている。しかも、厳しい修行の甲斐もあってかその技術は申し分ない。

「貴方が帰ってくる家をキレイにしていられるのは、楽しいですよ」
だって、喜んでるでしょ?リヴァイさん。と、わかったような口を利く。そういうところは敵わない気がしているので、なにも言わなかった。
人の事ばかり優先して、本当に変なやつだ。
「若けぇくせして、掃除以外にも楽しみを見つけたらどうなんだ」
「俺は今が、いちばん、楽しいですよ?」
きょとんとした瞳が可愛らしい。まるで変な質問をするんだなぁとでも言わんばかりに何度か睫毛を瞬かせたあと、えへへと笑った。俺と出会う前の趣味は掃除なんかじゃなかった癖に。
「なら、好きなだけ掃除してろ。俺の趣味を奪わない程度にな」
はい、と返事をする。
エレンが楽しそうに笑うから、まぁいいか、と思った。

「心配しなくても、俺はたくさん良くして貰ってます。お礼に出来ることがあまり無いけど…」
「お前が良く働くおかげで助かってる」
こんな機会でもないと伝えられない事が山程あった。
「…あ。褒めてくれたんですか?」
俺にとってこれは日常で、その風景に絶対に必要な存在も、もうわかっている。彼が近くにいてくれるだけで、世界に色がついたように毎日が過ぎるから。
慣れない台詞を言ったせいか黙っていられなくて、持ち上げたシャンパングラスのふちを見つめながら、小さく、まぁな、と言った。


「リヴァイさんは知ってますか?」
「なにを」
「ウサギは寂しいと死んじゃうんですよ」
唐突になにを言い出すのかと思った。食器を洗っていた手のひらの、水気をタオルで拭き取りながらエレンがそう言う。
「それは迷信だろ…」
とりあえず返答をすると、エレンが後ろから擦り寄るようにして、リヴァイを抱きすくめる。湿ってひんやりとした手のひらが身体に触れた。
「俺はリヴァイさんに甘やかして貰わないと死んじゃうんです」
お互いに飲んだシャンパンが少し回っているせいなのか、触れた頬が熱い。
「だからずっと傍にいてください」
喉の奥がきゅっと鳴った。
――だめだろ、これは。
自分を抱きしめる、自分より大きな男が、好きなひとが、可愛すぎて、
「…おい」
静止の意味も持たない言葉しか出ない。本当に、困る。
エレンが冷たい指で、リヴァイの顎をなぞるように辿った。誘っているのがわかる。自分は何も言っていないのに、横で甘い言葉を聞かされてるだけで興奮してくる。
「後で…ベッドの上でも甘やかして、可愛いがってくださいね」
耳に唇が触れるようにしてエレンがそう囁いた。酒が入るとエレンは途端に積極的になるのだ。そういう所も可愛くて好きだと思う。
「…先に音を上げるなよ」
少し見上げた先に、にこりととろけた笑顔が見えた。そのまま柔らかい唇が上の方から降ってくる。我慢できないと言わんばかりの、キス。
「ん…、」
さっきから押され気味だったので、それを覆そうと唇に吸い付いた。急がされたエレンから少しずつ、鼻にかかった色っぽい吐息が漏れていく。
「っあ、リヴァイさ…、ん、は…っ」
そのまま腕を引っ張ってやるとバランスを崩したエレンが、リヴァイの上に乗り上げるような形になったので、跨ぐようにして向かい合わせに座らせた。
「可愛がって欲しいんだろ?」
「ちょ、──ふぁ…っ、待って…」
返事も待たずに離れようとする腰を引き寄せて、奥まで一層舌を深く絡ませ合えば、エレンの身体がびくりと揺れる。これだけでいやらしい顔をするから、キスだけなんて、全然足りない。

「ん、ん、リヴァイさん、いまなんじ…っ?」
「…あぁ?」
日付は変わって0時を過ぎた頃だろうか。
「いいから俺に集中しろ」
これから一緒に気持ち良くなろうという時に、他に何を気にする事があると言うのか。エレンが落ち着きなく、もぞもぞと動き出した。

「12時、すぎた?」
「たぶんな。なんだ、さっきから」
「リヴァイさん、目つぶって」
「…は?」
いいから、とエレンが濡れた目で俺に言うので黙って目を閉じてやる。
「早くしろよ」
「まだ開けちゃダメですからね!」
するりと腕の拘束から抜け出したかと思えば、ぺたぺたフローリングを走り去る音と、ガタガタと何かを探すような物音が聞こえて来て、また俺の傍にエレンの気配が近づいてくる。一体なにがしたいんだ、アイツは。

それから、ふんわりと上品な甘さの香りが一瞬空気に混ざったかと思うと、「もう目開けて良いですよ」とエレンが言った。

ゆっくりと開けたリヴァイの視界に飛び込んできたのは、一切くすみの無い鮮やかな深紅。
「お誕生日おめでとうございます、リヴァイさん」
目の前、鼻先ほどの距離に差し出されたのは、ささやかな本数の薔薇の花束。その向こうにはおよそそれが似合わないようなあどけない顔をした恋人の、嬉しそうな笑顔が見えていた。

「………」
あんまりにも見慣れない光景に言葉を失っていると、それを察したエレンが花束を間にして、そのまま先程と同じように遠慮なくリヴァイの膝の上に乗り上がった。
「リヴァイさんは薔薇を貰った事がありますか?」
「いや、無い…」
薔薇どころか、花束を貰った事すら初めてだった。当然あげたこともない。
「薔薇には色んな意味があるんですよ」
これは紅色の薔薇。そう言いながらエレンが薔薇の向こう側からリヴァイにキスをした。唇に、花の香りが乗っているらしい。甘い、キスだった。
「リヴァイさんのお花が薔薇だったので、俺がプレゼントしないといけないなぁと思ったんです」
それは誕生花とか、花言葉、とかを指しているのだろうか。調べないことには全くわからないが、近くで漂う花の香りは心地良いし、そうやって傍で笑うエレンは楽しそうだ。
「これ、何本あるか数えてください」
ずい、と再び真っ赤な薔薇が目の前に差し出される。
「…7、8、9…11…11本。なんだ、半端だな」
「これであってます」
エレンがリヴァイの背中に腕を回して、ぎゅっと抱き付いた。

「11本の薔薇は“最愛”の人に贈るんですよ」
更に強く抱きしめられて、息が詰まりそうになる。今どんな顔でそう言っているのか、エレンの表情が伺えないのはとても残念だったけれど、それで良い。抱き返した身体はとても熱かった。
きっと自分も酷い顔をしているだろうから、顔が見られなくて良かった。それくらい一気に、頬が熱を持った。

エレンからの気持ちをとても嬉しく思ったけど、恥ずかしくてたまらない。いい大人がこんな子供のするアプローチで、ときめいてしまったことが恥ずかしい。このまま心臓ごと、止まってしまいそうだ。
格好悪い姿は見られたくない。そうやっていつまでたっても素直になれないのは“年上”というちっぽけなプライドが邪魔をするから。
気の利いた事は何も言えなくて、精一杯返せたのはしがみつくエレンの頭を黙って撫でてやる事くらいだった。

「自分で言っておいて照れるんじゃねぇ」
ようやく向かい合った顔は沸騰しそうなくらいに赤くて、それが自分にも移ってやしないか、気になって全然落ち着かない。
こっちが恥ずかしくなる。と目を逸らせば、むきになった子供みたいにまた口付けられて、それが一層愛おしかった。

「…誕生日、少しは好きになりました?」
そうだった。コイツはいつも、そうやって俺の事ばかり考える奴だった。頬を染めたエレンが眉を下げる。
「まぁ、お前が祝ってくれるなら、悪くない」
嬉しいなんて知られたくなかったから、少しぶっきらぼうに言ったつもりだったが、きっと気付いている。さっきからずっと体温が上がりっぱなしなのは、もう、どうしようもなかった。
エレンがリヴァイの首に腕を回して、にこりと笑う。
「俺、リヴァイさんの産まれた日なら何度でも祝いますよ」
そう言って額をくっつけてくるから、鼻先が触れて、くすぐったかった。
「…なら、そうしてくれ」

お前がいるならじいさんになっても退屈しなさそうだ。
なんの気なしにそう言ったら、エレンが不意打ちをくらったかのように頬を染める。

毎年、毎年、おじいさんになっても、お祝いします!
そんな顔が見られるなら、今から来年の誕生日も楽しみになってくるだろ。そんな事、初めて思った。



そういえば。会社での休憩中暇があったので、思い出したことをおもむろに検索ボックスに打ち込んでみた。
紅色の薔薇…だったか。エレンもわざわざ調べてからあの花束を寄越したんだろうか。そう考えると微笑ましくて少し笑える。

…あ、あったあった。薔薇、と書かれた大きな見出しのすぐ下に花言葉とやらがたくさん羅列している。
情熱、愛情、貞節…。薔薇のイメージ通りと言えばそれらしい言葉たちが並んでいた。
調べてみて初めて知ったが、どうやら色によっても意味が違うらしい。
そのままスクロールをしていき、紅色の薔薇、という文字が目に入ったところで手を止めた。

「死ぬほど恋い焦がれています」

…何言ってんだアイツ。リヴァイは大げさに溜息をついてから、急いでブラウザを閉じる。
休憩中とはいえ会社のパソコンで私的な調べものをしたのはまずかった。

「あれ?顔が赤いですよー?リヴァイさん」
「黙れ。静かにしろクソメガネ」

嬉しいのが隠せない。好きの気持ちが止まらない。

「あれあれ?ラブですかー?」
「…死ね」

誕生日を迎えて、年を重ね、いくつになろうが、格好悪いことに、
恥ずかしいくらい舞い上がってしまう。






ちょっと遅れたけど兵長誕生日おめでとう!
クリスマス生まれとか色々美味しすぎです。
ずっとイチャイチャしてろ。だいすきだーー!
2013/12/25

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