俺は大学で理学を教える教員だ。自分で言うのも何だが、この若さで教授職にも就かせて貰っている。
そこそこ辛い思いもしたし、色々な経験もしてきた、立派に社会人であり、大人である。

「リヴァイ先生、おれ、先生が好きです」
なぜ今、自分よりデカい男が俺の上に乗っているのか全く理解が出来ない。
自分の“色々な経験”の中に、恋愛はあまり含まれて居なかった。
含まれて居ないからこそ、教授職に就けた訳なのだが。

今日の講義が終わったあと、研究でわからない事があるので教えて欲しいと言われて、ひとりの生徒を大学内の自室へ招いた。

それがどうしてこんな話になったのか、今考えてもよくわからない。
10近くも年の離れた、しかも生徒に、俺は易々と押し倒されていて、あまつさえ告白まで受けている。
その若さに圧倒されて、自分が今まで恋愛に費やさなかった時間を、少し後悔した。

「……なんの冗談だ、エレン・イェーガー」
「冗談じゃありません、俺は真剣に貴方に告白してるんです」

俺の上に馬乗りになるエレンは、眉根を切なそうに寄せて、ものすごく必死な顔をしている。
講義を受けたり、質問をしに来たときの、所謂普段の俺が知っている、年の割に大人びた顔とは全然違っていた。

告白に相当勇気を振り絞ったのか、頬にはたくさんの朱を刷きながら、しっかりその眼はぎらぎらとこちらを捉えている。
それと同時にまるで、もうすぐこの世の終わりがくるかのような絶望の色も、瞳の奥に揺れているようだった。

「真剣ならどうして始めから、何もかも終わっているような顔をしているんだ」
「……そんなの、この先が見えているからに、決まってるでしょう…!」
エレンの長い指がシャツの下へと潜り込む。
そのまま熱くなった指先で、腹筋を撫でられた。リヴァイの背中がぞくりと震える。

「おい、バカ、やめろ…!」
聞こえて居るはずの俺の言葉を無視し、エレンは構わず首筋にキスを落としていく。
「せんせ、すき…」
エレンが、ちゅうと音を鳴らして、薄くて鬱血のしやすいそこへ一段と強く吸い付いた。
「ここをどこだと、おも…って、ふざけるな…!──っ、あ…」

勝手に痕なんか残しやがって!
やはり、身長が10センチ程足りないのは、どう考えても俺の方が不利だ。
本気を出せば力で勝てそうな気もするけれど、自分の事を「好き」だと言う相手を、邪険に扱うような真似も出来ない。

シャツの下を這うエレンの手のひらが、リヴァイの胸の飾りに到達する。
「…っ!」
やわやわと潰すように捏ねられ、初めて感じる刺激が段々と頭の中をぼうっとさせていった。

何だって俺はこんな子供に翻弄されている?
と言うかコイツもコイツだ。
いきなり告白してきたかと思えば、俺の返事も聞かずに勝手に暴走しやがって。
少しぐらい考える時間をくれても良いはずだ。

首筋から始まったキスは、段々と上に登っていき、耳や頬にも落とされる。
エレンから啄まれる度にそこが愛しい、愛しい、と言われてるような気がして、目の前がくらくらした。
相手は自分よりデカい男ではあるが、真っ直ぐな愛情を向けられて、嫌な気はしない。

それよりここは大学内である。
別に鍵もしてなければ、いつ他の教員達が訪ねて来るかもわからない。
「おい、イェーガー…」
これ以上マズい展開になる前に、この状況から何とか抜け出さなければ。
そう思ったリヴァイが両手をエレンの胸に突っ張って、のしかかってくる身体を押し戻そうとしたときだ。

「リヴァイ先生の口にもキスしたい」
エレンが熱情に潤んだ、その瞳を合わせる。

意外なセリフにびっくりして、言葉が出なかった。
勝手に乳首はいじくるし、吸い痕は残すし、そこらじゅうにキスをしておいて今更、唇へのキスだけは許可を取るのか。

この後、俺はまず最初に教員として、コイツには説教から入らなければいけないのだけれど、一瞬何もかも忘れて思わず頬が緩みそうになった。

目の前に映る強引な男が、可愛く見えて仕方がなかったからだ。

「ねぇ、…ちゅって、しても良いですか?」
そう言ってエレンはリヴァイの唇の端、すれすれの場所に唇を押し当てる。

「───!」
いま正に、そこへ触れると思った。
そんな不意打ち、狡いだろ。
唇が触れると思った自分が恥ずかしくて、叫びたくなるような衝動に駆られる。
「先生、かわいい」
本当に本当に少しだけ、期待をしていた自分。
今の自分の顔を鏡で見せられたら、気絶する自信があった。

「っせぇんだよ、…クソガキ」
30過ぎにもなって、こんな気持ちを教えられるとは思わなかった。
しかも相手は成人こそしているが生徒で、教え子で、俺を好きだといきなり迫るような男だ。

「キス出来たらもう諦めるから、俺のお願い聞いてよ先生…」
ぎゅっと抱き締められて、リヴァイの身体が少しだけ宙に浮く。

諦めるってなんだ。俺はまだ何も言っていない。
なのにどうして、そんな風に切ない声を出す?
お前の「好き」は俺とキスが出来たらそれで終われるような、その程度のモノなのか?

「…全くわかんねぇな、お前」
募る苛立ちが、ぽつりと漏れた。
「頭がおかしいと思ってくれても構いません」
エレンが一層抱き締める力を強くする。
俺に好きと伝えて、最初から拒絶されると決め付けているのが気に食わない。
我慢出来ないから強引に押し倒して、あんなに優しいキスで触れて、真っ赤な顔をしながら好きだとまで、言った癖に。

「じゃあキスでも何でもして、勝手にてめぇの中だけで終わってしまえ」
そう言ったら、エレンが勢いよく身体を離して、泣きそうな顔で俺を見つめた。

「──っ、う、先生、やだ、すきなんです、」
その大きな瞳から、涙はあっさりと零れる。
「先生の講義は休んだ事、な、無いし、良く思われたいからレポートも、頑張りました」

今度は俺の上で、デカい男が泣いている。
ころころ表情を変えるのは一生懸命なコイツの、良い所なんだろう。
「わかんないって言ったら、先生が構ってくれるから、ちょっぴり嘘ついた事も…ありま…」
「……ああ、そんな気がしてた時もあったな」
「えぇ!?バレてんのかよ…!も、やだ…、ふぇ…、」
エレンは顔を赤くしてぐずぐず言っている。
着ているパーカーの袖が、拭った涙を含んで濃い色に変わっていった。

「基本的に頭は悪くないと思っていたが」
「大好きな先生を困らせてるおれは、大バカなんです!…っ、でも」
やっぱり諦めたくないです、とぐずる姿を見てたらなんだか抱き締めたくなった。
泣いて好きと訴える、こんな可愛らしい奴を放って置いたらすぐに横から取られそうだ。
そう思ったら、誰にもあげたくないと思った。

エレンに倒された身体を起こして、頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。
「──リ、リヴァイ、せんせ…?」
驚いたエレンが濡れた目をまあるくした。

「21時には帰れる。外で待ち合わせてやろう」
ふぁ?え?とか、エレンが情けない声で返事をする。
「ここを出たら、プライベートの俺だ。教授の俺じゃない。だからそこで出会ったお前は、俺の教え子じゃないからな。間違えるなよ」
エレンが俺の言葉を一つ一つ噛み砕いて、理解していく。しばらくしてから、もっと情けない声を出して泣いた。
「リヴァイせんせぇ…っ、う、」
「いいか、約束をしろ、守れないならこの後は会わない」
エレンがわかったと大げさに頷いて、がばりとリヴァイに抱きついた。

大学ではいつも通りだ、絶対に必要以上に話し掛けるな。
誰が聞いてるかわからない、外で会うときは“先生”と呼ぶんじゃねぇ。
それと、俺は仕事を疎かにする気は無いからな。

うんうん、と水滴がリヴァイのシャツを湿らせて行く。
「仕方ねぇから、お前の勝ちでいい」
「勝ち、負けとか、じゃ、ないです…っ」
泣きじゃくるエレンの背中を、落ち着くまでぽんぽんと叩いてやった。

「…かわいいと、思わせたのはお前だろ」
「……え?」
涙も鼻水も垂れ流しながら、俺を見上げて顔を真っ赤にする。
汚ねぇな、と机の上のティッシュで鼻水を拭いてやったら、先生大好き~と、もっと泣いた。
最初から叶わないと捨て身でぶつかって来たのだから、当然の反応といえば当然なのだろう。
くそ、可愛いじゃねぇか。

「ばれるといろいろ面倒だからな」
「…あい」
「お前のためだ」
「ふぁい」
…もっとまともな返事は出来んのか。

初めは勢いに圧倒されたが、腕の中でめそめそする彼は、やっぱり年相応の子供だ。
注がれる愛情と同等のものを、返してやれるかは俺にもまだわからないが、もっともっと自分の手で泣き顔以外の色んな顔を、させてやりたいと思った。

「告白の…返事は後でする」
「…ん、はい…」

コイツのとびきりの笑顔はきっと、悶えるほど可愛いのだろう。
見たことは無いが、それだけはわかる。


会った瞬間、リヴァイ先生!と言われたので頭をべしんと叩いた。
そうしたらエレンがものすごく照れながら、リヴァイさん、と呼ぶのだ。こっちも照れて大変だった。
俺はいい年して、若いのと何をやっているのだろう。

エレンがえへへとはにかむので、路上でそのまま胸ぐらを掴んでキスをしてやった。
俺よりデカく成長してるやつが悪い。

顔を寄せると、涙で赤く腫れた目縁が、先程の告白を思い出させて、愛おしくなった。
初めて重ねた唇はおかしいくらいに熱くて、柔らかくて、恋愛なんて忘れかけていた俺でさえ、正直たまらない。

これが返事だ、と言い放てば、エレンが大きな瞳をぱちくりさせて、とびきりの笑顔で一言。
「せんせー、だぁーーいすき!」
と、リヴァイの目の前で、無邪気に笑った。

禁止と言ったのに、先生と呼ばれたのは全く耳に残らず、今すぐどうにかしてやりたいのを静かに悶える他には、今の俺に与えられた選択肢は無いのだ。


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